離婚後、たった一人で息子を育てていくという現実は、想像以上に重くのしかかってきました。
仕事は休めず、生活は常にぎりぎり。将来への不安、金銭的なプレッシャー、母親としてちゃんとやれているのかという自責の念。誰にも弱音を吐けず、毎日を必死にこなすだけで、心は少しずつ擦り切れていっていました。
そんな時期に、ネットのDMで知り合った相手とやり取りを始めました。
最初は軽いやり取りで、正直なところ半信半疑でした。どこかおかしい、怪しい、そう思う気持ちもありました。それでも、毎朝届くメール、夜寝る前に届くメール、毎日欠かさず続くやり取りの中で、「気にかけてもらっている」という感覚が、少しずつ心に入り込んできました。
孤独だったのだと思います。
誰かと毎日言葉を交わすことが、いつの間にか心の支えになっていました。疑うよりも信じたい気持ちが勝ち、相手の言葉をそのまま受け取るようになっていきました。
お金の話が出た時も、最初はごく小額でした。
それが目に見えて増えていくことへの驚きと、「大丈夫」「必ず戻る」という相手の巧みな言葉、本物そっくりに作られた金融機関のサイト。今振り返れば不自然な点はいくつもありますが、その当時の私は冷静に考える余裕を失っていました。気づけば金融機関からの借入は約400万円に膨らみ、返済が追いつかなくなっていました。
騙されたと気づいた後、警察にも相談しました。しかし相手は海外、組織的な詐欺グループで、追うことはできないと言われました。その言葉を聞いた瞬間、足元が崩れるような感覚に襲われました。怒りよりも、虚しさと絶望の方が大きかったと思います。
その後、弁護士に相談し、最終的には自己破産寸前で任意整理という選択をしました。
兄弟からお金を借りたこともあります。情けなさと申し訳なさでいっぱいでした。
借金を返すため、昼間の本業を終えた後、夜はスナックやラーメン屋で働き、三つの仕事を掛け持ちしました。体力的にも精神的にも限界に近い日々でしたが、「ここで止まったら終わりだ」という思いだけで、三年間走り続けました。その結果、借金の半分ほどは返済することができました。
残りは生命保険からの借り入れなども使い、まだ完全には終わっていませんが、大手金融機関からの借り入れは返済を終えることができました。
今こうして振り返ると、あの頃の自分は、本当に追い詰められていたのだと思います。それでも生きてこられたのは、幼い頃から母がよく口にしていた
「死ぬ気になれば、なんだってできる」
という言葉を、無意識のうちに握りしめていたからかもしれません。
正直、よくここまで生きてきたと思います。
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