「次は、ご家族を連れてきてください」
そのときの私は、その言葉を深く考えませんでした。
大げさに言っているだけかもしれない。
念のための確認だろう。
きっと、そこまで深刻ではない。
そうやって、自分で自分を安心させていました。
今なら分かります。
家族を呼ばれるということは、
一人で受け止めるには重い話だということ。
でも、人は本当に怖いことほど、
本気で受け取らないようにするのかもしれません。
「乳がんです」
主人と診察室に入りました。
先生は一瞬、私の顔を見て、
ほんの少し間を置きました。
そして、静かに言いました。
「乳がんです」
その瞬間、頭の中で「がーん」という音が鳴りました。
本当に、漫画みたいに。
現実感がありませんでした。
自分のことなのに、
遠くの誰かの話のようで、
私はそこにいるのにいない感覚でした。
説明はあったはずです。
でも覚えているのは、「がん」という二文字だけ。
「全摘出を勧めます」
そして続けて言われました。
「全摘出を勧めます」
乳がんは非浸潤がん。
初期の段階です、とも説明されました。
助かる可能性が高い。
それなのに、心が追いつかない。
命のためだと分かっている。
助かる選択だということも理解している。
それでも。
自分の体の一部がなくなる。
女性としての象徴のように感じていたものが消えてしまう。
助かるはずなのに、何かを失う。
「助かる」と「失う」が同時に押し寄せてきたあの日のことを、私は今でも忘れられません。
数日後、もう一つの告知
それで終わりではありませんでした。
数日後、子宮がんも患っていることが分かりました。
「え…もう一つ?」
驚きというより、感情が追いつきませんでした。
理解はしているのに、実感がない。
ただ、ぼんやりと話を聞いていました。
幸いだったのは、原発が別だったこと。
転移ではなかったこと。
少しだけ、息ができました。
でもあの頃の私は、
ずっと地面が揺れているような感覚の中にいました。
あの言葉の本当の意味
「家族を連れてきてください」
あの言葉は、
“重大です”という合図でした。
でも同時に、
「あなたは一人では抱えきれませんよ」
という意味でもあったのだと思います。
人生はその日を境に終わるのではなく、形を変えるものだと知りました。
もし今、あなたが告知を受けて戸惑っているのなら。
実感がなくてもいい。
涙が出なくてもいい。
強くなろうとしなくていい。
私も、何も分からないまま椅子に座っていただけでした。
それでも時間は進み、選択をし、そして今、ここにいます。
怖いままで大丈夫です。
未来のことは、今はまだ分からなくていい。
ただ、今日を越えた先に、
思ってもみなかった景色があるかもしれない。
今日を越えることだけで、十分です。

