47歳で乳がんの告知を受け、右胸の全摘手術をしました。
手術前のことは何度も思い出してきましたが、麻酔から目が覚めた瞬間の記憶も、今でもはっきり残っています。
手術が終わった直後は、まだ頭がぼんやりしていて、自分がどこにいるのかもすぐにはわかりませんでした。けれど、少しずつ意識が戻ってくる中で、最初に目に入った光景がありました。
それは、病室の窓際に置かれたパイプ椅子に座る父の姿でした。
この記事では、乳がん全摘手術のあと、麻酔から目が覚めたときに見た景色と、そのときの気持ちを振り返って書いています。
結論|麻酔から目覚めた瞬間に見た父の姿は、今でも忘れられない
乳がん全摘手術のあと、麻酔から目が覚めたときの記憶は、途切れ途切れです。
でも、その中でも強く残っているのが、病室にいた父の姿でした。
左側の窓の近くに置かれたパイプ椅子に座っていて、私が目を覚ましたことに気づき、ふと顔を上げた。その場面だけは、不思議なくらい鮮明に覚えています。
大きな手術を終えた直後で、自分の体がどうなったのかもまだよくわからない状態でしたが、父の姿を見たことで「終わったんだ」と少し現実に戻れた気がしました。
麻酔から目が覚めたとき、意識はぼんやりしていた
どれくらい眠っていたのかは覚えていません。
目を開けたとき、すぐに頭がはっきりしたわけではなく、意識は深い水の中から少しずつ浮かび上がってくるような感覚でした。
体はとにかく重く、自由に動かせる感じではありませんでした。胸のあたりにも違和感がありましたが、そのときは痛みをはっきり感じるというより、「何かが変わってしまった」という感覚の方が強かったように思います。
声を出そうとしても思うようには出ず、目の前の景色を確認することしかできませんでした。
最初に見えたのは、窓際に座る父だった
私から見て左側には窓があり、その近くにパイプ椅子が置かれていました。
そこに、父が座っていました。
父は本を読むときに眼鏡をかける人で、そのときも眼鏡をかけて静かに座っていた記憶があります。私が目を覚ました気配に気づくと、ふと目を上げて、こちらを見ました。
特別に何か大きな言葉を交わした記憶はありません。
でも、その一瞬だけで十分でした。
「父がいてくれた」という事実が、ぼんやりした意識の中でも、私を安心させてくれたのだと思います。
体の変化を受け止めるのは、目覚めたその瞬間から始まっていた
麻酔から覚めた直後は、まだ胸を直接見たわけではありません。
それでも、自分の体が手術前とはもう違う状態になっていることは、感覚としてわかりました。
右胸を全摘したという現実は、鏡を見る前から始まっていたのだと思います。
目に見える前に、まず体が先に教えてくる。そんな感じでした。
頭では手術を受けると決めていても、実際に終わったあとに受け止める感覚は、また別のものだったと感じます。
父の姿が残っているのは、それだけ心細かったからだと思う
今振り返ると、あの場面を鮮明に覚えているのは、自分がそれだけ不安だったからだと思います。
手術は無事に終わったはずなのに、体は重く、意識もはっきりしない。自分がどんな状態なのかもすぐにはつかめない。その中で、病室に父がいてくれたことは、とても大きかったです。
何かをしてもらったわけではなくても、そこにいてくれるだけで安心できることがあるのだと、そのとき初めて強く感じました。
よくある疑問
麻酔から目が覚めた直後の記憶ははっきり残るもの?
人による部分が大きいと思います。私の場合は全体がはっきりしているわけではなく、断片的でした。ただ、その中でも特定の場面だけは強く記憶に残っています。
手術後すぐに胸の状態はわかる?
私の場合、麻酔から目覚めた直後は胸を確認する余裕はありませんでした。体の重さや違和感の方が先にあり、見た目を受け止めるのはその少し後でした。
付き添いの家族がいてくれてよかった?
よかったです。大きな手術のあと、意識が戻ったときに家族の姿が見えるだけでも、安心感はかなり違うと感じました。一生記憶として残ると思います。一緒に戦ってくれている気持ちがしました。
まとめ
乳がん全摘手術のあと、麻酔から目が覚めたときの記憶は、今でも私の中に残っています。
ぼんやりした意識の中で最初に見たのは、病室の窓際に座る父の姿でした。
その光景は派手な出来事ではありません。でも、手術を終えたばかりの自分にとっては、とても大きな意味がありました。
胸を失った現実を受け止めていく時間は、その瞬間から静かに始まっていたのだと思います。